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zoom RSS 俗悪なリアリズム。

<<   作成日時 : 2018/06/16 00:42   >>

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『人生タクシー』を鑑賞。

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2010年にイラン政府から20年間の映画監督禁止令を受けながらも、様々な形で映画を作り続ける反骨の映画作家ジャファル・パナヒ監督が、自らタクシー運転手に扮して撮り上げた異色作。テヘランの街でタクシーを走らせるパナヒ監督が、“泥棒は死刑にしてしまえ”と訴える男性やそれに反論する女性教師、あるいは海賊版DVDで一儲けを企むレンタル業者に国内で上映可能な映画を撮影しようとしている監督の小学生になる姪っ子といった様々な乗客たちと織りなす悲喜こもごもの人生模様が、ダッシュボードに備え付けられたカメラを通してユーモラスに映し出されていく。

フェイクドキュメンタリーの手法でイランの現状を描く異色作。
カメラはほぼタクシー内の固定カメラのみ。
だからタクシー内の会話でしかストーリーは進展しないのだが、これが実に面白い。
次々と乗ってくる乗客たちが各々個性的。
海賊版DVD業者であったり、事故に遭った夫婦であったり、幼馴染であったり。
金魚鉢を抱えた老婦人2人は言っていることが意味不明なのだが、強烈だ。
そんな中でも特に監督の姪っ子とのやり取りが印象に残る。
姪っ子は学校の課題で短編映画を撮ろうとしているらしく、監督と映画に関する会話を交わす。
その中で、学校から付けられた撮影条件を挙げるのだが、穏やかな監督の表情が曇るのがこの会話の際。
条件の1つが“俗悪なリアリズムは避けねばならない”というもの。
つまり、(政府にとって)写されて困るシーンは撮るな、ということだ。
劇中では、ゴミ拾いしている少年が路上のお金をネコババするシーンにあたる。
新婚夫婦の様子をタクシー内から撮影していた姪っ子がこの少年の行為を偶然撮ってしまい、少年に“あんたのせいで使い物にならない”と文句を言うのだが、痛烈な皮肉だ。
さらに、このエピソード前であったろうか、監督と旧知の中であるらしい女性弁護士との会話も印象的で、降りる際に“今の会話、俗悪なリアリズムだからカットしておいてね”と述べる。
さりげなく、だが確実に、観る者にイランで映画を撮るとはどういうことなのか、イラン社会の現状はどういったものなのかを知らしめる、クレバーな作品だ。

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