想いあふれて。

『ジョアン・ジルベルトを探して』を鑑賞。

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『想いあふれて』など数々の名曲で知られ“ボサノヴァの神”とも称されるブラジルの伝説的ミュージシャン、ジョアン・ジルベルト。しかし彼は2008年のリオ・デ・ジャネイロでのコンサート出演を最後に、一切の公の場から姿を消してしまう。そんな中、ドイツ人ライターのマーク・フィッシャーは、どうしてもジョアンに会いたいとの思いに駆られて、彼を探し出す旅に出る。しかし結局ジョアンには会えぬまま、その旅の顛末を綴った本が出版される1週間前に自ら命を絶ってしまう。本作は、そんなマークの本に感銘を受けたジョルジュ・ガショ監督が、マークの足跡を辿り、憧れのジョアン・ジルベルトを求めて彼のゆかりの人々や土地を訪ね歩く旅路を記録した音楽ドキュメンタリー。

10年来ジョアン・ジルベルトを探しているジョルジュ・ガショ監督が、作家マーク・フィッシャーの本を基にジョアン・ジルベルトを探し求めるドキュメンタリーということで、ワンクッション置かれている感じ。
なのだが、監督はどうやら音楽を専門としていてミュージシャンの知り合いも多いらしく、いきなりジョアン・ジルベルトの妻だったミウシャと会ってしまう。
しかも、旧知の仲らしく親し気だ。
“速攻会えてしまうんじゃ…”と思われたのだが、結局“居所はわからない”ということに。
で、マークが辿った足跡を追うようにして、マークが会った人々と出会っていく。
ジョアン・ドナートマルコス・ヴァーリが出てくるので、ボサノヴァを聴く人にとっては“おお!”と思うこと請け合い(ジョアン・ジルベルトとミウシャの娘ベベウ・ジルベルトの名前が何度か出てくるが顔を出さない。残念)。
しかし、誰もが何年も彼に会っていないとのこと。
だがついに、彼のマネージャーとコンタクトが取れる。
果たしてジョアン・ジルベルトに会うことができるのか?
といった感じだが、正直言うと、結構回りくどい。
おそらく本当は、ミウシャが彼の居所を知らないなんてことはないだろう。
ただ、彼の意向を尊重しているのだ。
それは監督もわかっているからこそ、こうした手段を取ったのだろう。
だから本作はジョアン・ジルベルトに会えるかということよりも、彼を取り巻く人々を通して彼という人物を周囲から描くことに主眼がある。
彼と直接会って、彼の神秘性を暴くのは野暮というものだ。
個人的には有名人と会うシーンより、リオの個人経営のレコード店で、店主が私物のジョアン・ジルベルトのレコードをかけてくれるシーンにグッときた。
一般の人々が自然にそうした行為をしてくれる。
いいじゃないか。
ミウシャは2018年、ジョアン・ジルベルトは2019年に死去。
合掌。

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